クリティカルヒット
土方歳三は、同じ新撰組である沖田総司を探していた。
いつもいるはずの屯所にはいなく、坂本龍馬たちの隠れ家にもいなかった。お登勢の店であるテラーダにもいなかった。お気に入りの茶店にもいない。
「どこだ、あいつは……」
今度の雷舞の打ち合わせや、新曲についての話し合いをしなければならないのだが。
彼は、愛獲としてはトップクラスの知名度と、それを誇る容姿を持っているため、どこにいても目立つはず。
とりあえず、京の町を彼の姿を探して歩き回っていた。
「あそこにいたのって、総司様じゃなかった?」
「私、ドキドキし過ぎて、お顔があまり見れなかったわぁ」
すぐ近くを通った少女たちの会話を聞き、立ち止まる。確信を強め、彼女たちが来た道を急いだ。
「だから、僕、用事があるんだって」
早足で歩いていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
店先の前で、探し人を見つけ、ため息をつく。
「えー、俺たち、とっても楽しい場所、知っているんだけどさあ」
「君と一緒に行ったら、一層、楽しいと思うんだ」
「ねえ、お姉さん」
その目の前には、三人の若い男。
会話から察するに、彼を女性と勘違いし、口説いているらしい。
なんと、命知らずなのか。下手をしたら、命を落としてしまうというのに。腰にある刀が見えていないのか。
新撰組の格好をしていない彼が着ているのは、派手な着物だが、どう見ても男物だ。結っている髪は長く、線は細いとは言え、鍛えているため、体格はいい。
声も女性にしては、だいぶ低いだろう。
いつも接している自分にとって、彼をどう女性と間違うのか不思議でしかたがない。
「だから、お兄さんたちとは一緒にいけない」
「そんなこと言わずにさぁ」
男の手が、彼の肩に手が延びれば、目が冷ややかになっていくのが分かる。
「おい」
止めなければと、そこに近づき、後ろから声をかける。
「あ、土方さん」
こちらに気づいた彼は、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
三人を押し退け、沖田の前に行く。
「また、お前は……」
どうせ、またからかっていたのだろう。すぐに男だと言えばいいのに。
「僕、今から否定しようと思ってたんですよ?」
睨みつけると、彼は怒らないでとクスクス笑う。
「それなら」
いきなり、後ろから肩を掴まれ、言葉を切り、振り返る。
まだ男たちはいた。
「彼女の彼氏?」
なぜ、恋人だと思われるのかも不思議だ。親しい間柄と考えるのは当たり前だと思うが。
「こいつは――」
説明してやろうとすると。
「土方さん」
名前を呼ばれ、彼を見ると、襟が掴まれ、彼に引き寄せられ、唇が重なった。
顔を離した彼は、笑っている。自分は、されたことが理解できずに、呆けていた。
沖田は三人の男たちを見る。彼らは、自分がしたことに目を見開いて驚いていた。
「ふふ、僕たち、こーいう関係だから」
襟を離し、ひらひらと手を振る。
「ちっ……」
「なんだよ」
邪魔者なのだと理解したのか、悔しそうにしながら、渋々というように三人が去っていく。
「邪魔なゴミはいなくなりましたね」
土方を見上げれば、目を見開いたまま、固まっていた。
「おーい、土方さーん」
彼の顔の前で手を振れば、我に返り、自分を瞳に写す。
「お前……何をしたのか分かっているのかっ!?」
顔を真っ赤にしながら、声をあげる。
「はい、キスしました」
言葉で説明するのは面倒で、この行為なら、彼らはすぐに諦めてくれるだろうと。
「……ど、同性で、することでは……ないだろう……!」
うろたえている彼を可愛いと思うだけにした。それを口にすれば、また彼は怒るだろう。鉄拳が飛んでくるかもしれない。
「海の向こうの人たちは、挨拶でキスをするらしいですよ」
そこの国の人たちは、挨拶で抱きついてキスをすると本に書いてあった。それを龍馬にしようとしたら、嫌がられてしまったが。
「それは、挨拶だろう!」
「えー、でもー、口で説明するより早いでしょ」
そう言えば、土方の鉄拳が頭に降ってきた。
「いたーい!もう、土方さんのために買ったこれ、あげませんからねッ!」
持っていた袋を胸に抱える。これのために、自分はこの店にまで来たのに。
「俺のため?」
わいていた怒りが疑問によって、冷めていくのが分かった。
自分のために買ったらしいものを胸に抱え、沖田はふくれっ面だ。
「いいです。僕が食べちゃいますから。一日、限定十個しかない芋羊羮」
それは、以前、自分が食べてみたいと言っていたもの。競争率は新撰組の雷舞のチケットのごとく、なかなか手に入らないものだった。
「僕、予約までしたのになあ」
そう言って、沖田は歩き始めた。
「お、おい」
声をかけても、彼は立ち止まる気配はなく、その姿を追いかける。
横に並び、名前を呼んでも、彼は知らん顔だ。
その羊羮は、今の自分には喉から手が出るほど欲しいものだ。どうすれば、彼の機嫌が直るか考えたが、出てこない。彼はつかみどころがないのだ。
「お……俺のためにすまないな……どうすれば、機嫌を直してくれるんだ?」
そう問えば、彼は立ち止まる。
「僕にキスしてくれたら、いいですよ」
屈託のない笑顔を浮かべて、答えか帰ってきた。
「なっ……」
予想外の言葉に口を開けるしかない。
驚いていると、腕が引っ張られ、裏路地へと入っていく。
「ほら、ここなら見えません」
背に大通りの騒がしさを受けながら、ニコニコと笑う沖田を見る。
本当にしないといけないのだろうかと考えていた。他のことをと言ったところで、彼は突っぱねてくるだろう。
しかし、自分はとても、その芋羊羮を食べたい。
口づけは、先ほど、彼にされたばかりではないか。彼がしたように軽くでいいのだ。一度したのだから、二回するのも同じだろうという結論に達する。
「ふふっ、ひじか」
何か言いかけた彼の顎を持ち、唇を重ねた。
沖田は驚いていた。
冗談だったのだ。土方の困る顔を見たかっただけで。
もう充分にその表情を堪能したため、冗談だと言って、芋羊羮をさし出そうとした時。
顎を持たれ、戸惑っている間に、唇を重ねられた。
それは、時間にして一瞬だったのかもしれないが、とても長い時間に感じた。彼の唇が離れても、まだその感触が残っている。
「そ、総司?」
戸惑って名前を呼ばれ、なぜ、彼がそんな風になっているのか解せなかった。
抱えていた芋羊羮を投げつけ、うつむいた。
「土方さんの馬鹿……!!」
「な、なんだ?お前がキスしろと言ったんだぞ」
しかし、自分からした時は、こんなにも体温が上がることも、頬が熱くなることも、鼓動がうるさいこともなかった。顔は今、赤いだろう。それを見られたくはない。
彼に背を向け、歩き出す。
いきなり、歩き出した沖田の後を土方は追う。
馬鹿と罵られるのも意味が分からなかった。彼の言うとおりにしただけだというのに。
声をかけても、彼は無視をする。
「総司!」
腕を掴み、歩みを止めさせる。
「どうしたんだ」
彼はこちらを見ない。背を向けたまま。逃げないようにと、彼の腕を掴んだまま、彼の前に移動するが、また体ごとそらされる。彼の顔はうつむいたままだ。それが気になり、腕を離し、また顎に手を添え、上に向けた。
見えた顔は赤かった。
「熱でもあるのか?」
熱を計るためにも、額を寄せていけば。
「ひ、じかた……さん……」
とても弱々しい声だった。
間近に見る表情も弱々しい。まるで、伊井直弼の呪術にかかっていたときのように。
本当に熱があるのかもしれないと、額をあてると熱い。
額を離し、添えていた手は、彼の手を握る。
またキスをされるのだと思って、沖田は目を閉じてしまったが、額が額に触れただけだった。
顎から指が離れ、手を握られて、目を開けると、土方の背中。
「帰るぞ」
彼はいきなり歩き始める。そのまま、ついていくことになる。
「お前、体調が悪いのに……体調管理がなっていないなど……」
彼は歩きながら、説教をしてきていたが、あまり聞いてはいなかった。彼が勝手に勘違いし、熱があるのだと思い込んでいるのは、理解できているが。
自分の視線は、繋いでる手を見ているだけで、鼓動が耳をつんざき、土方の言葉を遮る。
手はしっかりと握られていて、その感触と体温に、その手を振り払いたいような、握り返したいような矛盾した気持ちを抱えていた。
引き抜いてみようかと動かせば、握りなおされ、もっと強い力で押さえつけられた。
離してくれないならしょうがないと、その手を握り返す。手を繋ぐなど、久しい。
土方は、妙に大人しい沖田を少し心配し、説教をやめ、歩きながらも、彼の方を見た。
彼は、少し頬を赤くしながらも、無邪気な子供のような笑みを浮かべていた。
そんな彼と目があったが、すぐにそらし、前方を見て、屯所へと急ぐ。
「早く帰って寝ろ」
「添い寝してください」
「断る」
彼の笑い声が、背にぶつかる。
彼の熱がうつったのか、自分の体温が上がっているのが分かった。鼓動がうるさいのは、そのせいだろう。
赤く色づいた土方の頬を、沖田が気がつくことはなかった。